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  第103号 令和2年(2020年)7月1日発行





巻頭


粗(そあら)ならざる  義(わけ)をふくめる
実話(まこと)を語り
そのことばによりて  いかなる人をも
怒(いか)らしめざるもの
われかかる人を  婆羅門(ばらもん)とよばん   (法句経 408)
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◇新:法句経講義61◇

<※「新・法句経講義」は、巻頭ページ掲載の法句経について解説しています。>

 言葉の暴力は、いつの時代にもあったらしい。
 コロナでの外出自粛のなか、インターネットの画面を見ていると、いろいろな
記事や画像に様々な感想や意見が書き込まれていた。確かに、共感できる参考に
なる意見もあったけれど、独断的で不快なものもたくさん見られた。
 「ネットいじめ」というのか、テレビタレントが中傷されて自殺したり、表に
出なくてもトラブルは相当あるらしい。本人に直接言わなくても、ネットに書き
込むだけで、人は傷つけられ、窮地に落とされる。
 法句経には「粗(そあら)ならざる」「義(わけ)をふくめる]「実話(まこと)を
語り」とある。乱暴でない言葉で話すこと、道理にかなった話をすること、嘘で
ない本当の話をすること、と説かれている。テレビのコメンテーターの話しなど
大丈夫だろうか。国会の議論でも、乱暴であやしげな言葉がたくさん聞かれる。
 言葉を大切にし、相手を怒らせないように話す。こんな当たり前のことを、人
はなかなか出来ない。いや、こんな当たり前のことを実践するだけで、人は仏へ
の道に導かれるとも言えるだろう。

  叙 景    表紙を語る

 初夏、梅雨晴れの日に、緑のなかに出かけていった遠い記憶。さわやかな風に
吹かれ、友だちと走っていった木立ちのなかで、咲き始めた花を見つけ、虫を探
した美しい時間。
 大きな木の下に、まとめて置かれたリュックサック。子どもたちはどこで遊ん
でいるのだろう。リュックのなかで、お弁当が待っている。
 東京都心の緑のオアシス、小石川植物園で撮った一枚です。

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 主管所感 >

 時間の意味                            友松 浩志

 コロナに振り回された3ヶ月、いやまだまだ続くかも知れない。こんな日々を誰が予想
しただろう。占いや昜には出ていたのだろうか。昔ペストが流行した時は、天然痘の時に
はなどなど、確かに人類はもっと悲惨な体験をしてきたのかも知れない。でもそれが現実
となると、出来ることは衛生管理くらいしかない。
 お寺にお参りがない。途中の電車のことなど考えれば、当然のことだ。お寺参りは不要
不急である。 ご先祖様は、待っていて下さる。幼稚園が開けない。総理大臣から休んで
くれと言われれば、開くわけにもいかない。去年の幼児教育無償化で、保育料のほとんど
を国が保証してくれるようになったので、何とか息がつけた。それがなかったら、職員と
もども路頭に迷っていただろう。
 人生、何か起こるか分からない。それを誰もが知っていて、気づこうとしない。いや、
気づかないフリをしている。でも、だから人生は生きられるのかも知れない。死の恐怖、
災害の恐怖、病気の恐怖、それに常にとらわれていたら、人は怖くて生きていけない。
 フランクルという精神科医が書いた「夜と霧」という本が、随分読まれた時があった。
第2次世界大戦の末期、ユダヤ人の彼は、ナチスに捕らえられて強制収容所に送られる。
そして2年間、死の恐怖のなかを過ごす。その時の体験を書いたのがこの本である。
 強制収容所に入ったからといって、人々は絶望しきっていたのではない。夕日の美しさ
に感動し、お互いの会話を楽しんでもいた。フランクルは「どんな時にも、人生には意味
がある」と言う。死の前に立っても「今すべきことは必ずある」と言う。
 家に閉じ込められた自粛生活、それはまったく意味のない時間だったのだろうか。人生
に意味を見いだすのが自分自身であるように、今、この時間に意味を見いだすのも、自分
自身である。そして今すべきことを、しっかりと考えたいものだ。

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仏教勤行式 新版出来
  - より使いやすい内容に 

 神田寺で使用している「仏教勤行式」(ぶっきょうごんぎょうしき)は、先々代住職の友松圓諦師が昭和のはじめに、当時進めていた「真理運動」で使用する目的で、友人の方々と編纂したものです。そのため、仏教徒ならどの宗派の方でも使用できる内容でつくられています。
特色はすべて「和文」であること。お経というと、普通はお坊さんが漢文で音読していきますが、それでは意味が理解できません。それを和文にして、参会者が「全員で一緒に読む」のがこのお経の特徴です。
 とはいえ、このお経も編纂して100年近くなり、言葉づかいも現代人には難解になってきました。そこで今回は以下のことを中心に改訂を行いました。
 ①ルビ(ふりがな)を増やし、読み間違えがないように徹底しました。
 ②句読点を明確にして、読み方の統一をはかりました。
 ③後半の「観音経」「遺教経」の活字を大きくして、読みやすくしました。
※新版は、檀信徒の方には秋の彼岸会からお配りして使用します。 檀信徒以外で興味のおありの方には、1部100円で販売致しております。お問い合わせ下さい。

仏教豆知識 81

 施餓鬼
 施餓鬼(せがき)とは「餓鬼(がき)」に施しをすること。「餓鬼」とは「死んだ人」か 「死んだが、まだ供養されていない人」を言う。餓鬼にはいろいろな種類があって、水が飲みたいのに飲めない餓鬼、ものが食べたいのに食べられない餓鬼、食べようとするものがすべて火になってしまう餓鬼など、死後も苦しみ抜いている。その餓鬼に食物を施すのが「施餓鬼」法要で、お盆の時に行われることが多い。お盆の時つくられる「施餓鬼棚」 (精霊棚)は餓鬼のために低くつくられ、水や食物などが飾られる。亡くなった人を大切に思い、先祖に感謝する伝統習俗である。子どものことを「餓鬼」というのは、子どもはいつもお腹をすかせているからと言われる。

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■ 西墓地の休憩所建設 ■
一 西墓地別院・完成間近となる 一

 昨年より建設を進めてまいりました当寺・西墓地休憩所 (西墓地別院)が間もなく完成します。七月のお盆のお参りからは、新しい建物から墓地に入って頂ける予定でおります。(西側道路からが入口となります。)
 建物1階には男女別トイレや休憩施設、2階には礼拝堂が出来ます。お参り用の水場、水桶置場なども新設され、広く使いやすくなります。
 すでに多くの皆様にご支援を頂いておりますが、年内は勧募を継続しておりますので、宜しくお願い申し上げます。

 △ 完成間近の建物


令和2年の年回表法務案内からご確認ください。
諸報告も合わせてご覧ください。こちらから

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    (故 友松圓諦師書)
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